普賢岳と大野木場小学校PART4 -Later volcanic activity(4)-

今年もあと残り3日になりました。
この1週間とても忙しいのですが、ボーナスがちょっと上がってて良い年末です!
欲しいものも買ったし、言うことないですね。

本日も普賢岳と大野木場小学校被災校舎。
年内はこれが続きます。

正門側から見る校舎。見て判るとおり、左側の3階建て部分は窓枠がサッシです。
校舎も2階建て部分に比べるとややきれいなのがわかりますね。

しかし3階の一部の窓は枠から全部が欠落しています。
窓ガラスはほとんどありません。

教室を覗くと、中は瓦礫の山。
木の床は燃えて無くなり、根太があらわになっています。鉄製の備品は熱で曲がり、
それが何だったのか判らないような状況ですね。
凄まじい火砕流の威力をまざまざと見せつけ、子供達の集う場所は廃墟となりました。

これは雲仙の別の廃墟で見つけた普賢岳の噴火当時の写真です。
2008年3月頃訪れたホテル廃墟に飾ったままでした。貴重写真だと思います。

そしてこれは普賢岳が噴火した跡の大野木場小学校。まだ大火砕流発生より前で、
子供達も普通に学校に通っていた頃の様子が写されていました。
大火砕流発生は平成3年。当時6年生だった子供達は30歳になります。

次回はデジタルで撮った写真です。

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