三菱兵器住吉トンネル工場跡 [長崎市被爆建造物]

三菱兵器住吉トンネル工場跡

第二次世界大戦末期、三菱兵器工業株式会社長崎兵器製作所の疎開工場として、
この場所に6本のトンネルを掘り、24時間体制で魚雷部品の製造が行われた。
トンネルの高さは3メートル、幅4.5メートル、長さは300メートル程。
トンネル工場では、工員や動員学徒、挺身隊を合わせ、約1800人が従事していた。

昭和20年8月9日、長崎に投下された原子爆弾でトンネル外にいた人々はほぼ死亡、
トンネル内部にいた人々は、直後からトンネル内に避難してきた負傷者の手当てを行ったという。

トンネル付近の道路拡幅工事の様子(2009年5月撮影)

トンネルは全部で6本ありましたが、この泉町から赤迫に抜ける道路の拡幅に伴い、
3号から6号までのトンネルが塞がれ、1号、2号のみ保存されることになりました。

見学スペースは整備され、3枚のパネルにて説明書きされています。

左から1号トンネル、2号トンネル。
1号は数メートル先でコンクリートで塞がれていますが、2号は奥の方まで保存されていて、
ライトで、掘削された岩肌を確認することが出来るようになっています。

このトンネルの上は道路になるため、手前側はコンクリートで補強されていますが、
ずっと奥の方は当時のままのようです。
見学は基本的にトンネル入り口に設置された柵の外からになりますが、
8月7日~9日、国連軍縮週間の10月24日~30日の期間は、2号トンネルを開放するそうです。
上の写真の、ライトがある辺りから、奥を見学できます。

東彼杵郡川棚町石木郷にも、佐世保海軍工廠の疎開工場がありました。
石木疎開工場は一応保存されているようですが、大量にあるトンネルのほとんどは、
粗大ゴミ捨て場になっていたり、土砂で埋まっているものもあります。

住吉トンネル工場は、貴重な被爆遺構としてその姿を後世に残していくことでしょう。

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