壱岐要塞:生月砲台跡(1 [戦争遺跡]

平戸島からもうひとつ橋を渡って着く場所、生月に行ったのは2010年2月頃。
福岡あたりに行くよりも時間がかかります。
最近何気に曇りの写真が多いのは、今年休みの日に天気に恵まれない証拠ですね。

この日は海からの風が強烈に吹き付ける寒い日だったと思います。
生月に行ったのは人生で4回目くらいですかね。

道路を更に北上して、大体の場所しかわからないけど一応目星をつけておいたところまで行ってみます。

大体の場所とはこの辺、上空写真でもその遺構は木々に囲われているため確認できません。

付近は車で近づけませんので、徒歩で移動していきます。
適当に歩いていたら、木々を掻き分けた先はめまいがしそうなほど物凄く高い断崖絶壁で、
雨上りで濡れた土で足を滑らせると、一気に落ちてしまいそうでした。危ない。

引き返してまた適当に散策していたら、ちゃんと「砲台跡」の案内があるじゃないですかー
というわけで、以外に簡単にその場所はみつかりました。

案内の通りに進んで行くと見えてきました。
このコンクリートの物体が生月砲台跡になります。

生月砲台の竣工は1938年(昭和13年)、壱岐要塞の中では一番最後に造られた砲台で、
第二次世界大戦前に完成しています。

森の中に佇む戦時中の砲台跡、
明治時代のレンガの堡塁砲台をいくつもまわってきましたが、
これはコンクリートなのでまた違った雰囲気を持っています。

見た目からすると、上部、屋上部分が砲塔の設置場所で、その下が観測所のような役割だったのかな?
という感じですね。

次回は中の様子を。続く。

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