佐世保要塞:丸出山堡塁(1 [戦争遺跡] 森の中の要塞跡

佐世保要塞所属の丸出山堡塁は、佐世保湾に侵入する敵艦隊を遠距離砲撃で排除すべく造られた砲戦砲台。
明治時代に佐世保湾口に造られた付近の堡塁砲台は、
小首、高後崎、丸出山の3箇所で、ココ丸出山は湾からは若干離れているものの
かなりの高台であるため、湾に近く低地にある高後崎砲台よりも発見されにくかったかと思われ、
高台からの砲撃で敵を撃退するに一番適した主力砲台であったようです。
28cm榴弾砲、克式24cmカノン砲をそれぞれ4門づつ、計8砲門を配備していました。

起工は明治31年、竣工は明治34年。
この頃の出来事としては八幡製鉄の開業、昭和天皇の誕生など。

丸出山堡塁へは、俵ヶ浦の海岸から山の中へ入っていく道程ですが、
途中急角度のカーブがあり、普通乗用車では一度切り返さなければ曲がれません。
実は道は細いながらも堡塁まで車で行けなくはありませんが、
民家のすぐ横を通り、畑の横を行かなければならないため、
自分はそのヘアピンカーブ付近の広くなっている場所に車を停めて、あとは歩きです。

道すがら、植物に覆われた放置車などあります。
この付近では放置車を何台か見かけました。

木々や落ち葉に囲まれた道路の先に、煉瓦と石積みの掩蔽壕が見えてきます。

森の中に佇む堡塁砲台の棲息掩蔽部が木漏れ日に照らされ、その姿を現します。
明治時代の堡塁は大体同じような造りに統一されているようで、全国各所の堡塁と、
見た目は変わりありませんね。

ココは2009年8月の訪問になります。
小首堡塁の大型の掩蔽壕に比べて小規模な雰囲気で、壕はこのひとつしか見つけられませんでした。
壕の横には牽牛崎堡塁でも見られる踏み幅の狭い急角度の石造りの階段があります。
付近の探索はこの掩蔽壕の周りをぐるりと回るだけに留まりますが、
この石段の上には面白い形の観測所があります。
次回はそこを案内していきます。

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