長崎市内探訪(5 [カトリック浦上教会] 天主堂付近散策

浦上天主堂の真向かいに建つ「カトリック長崎大司教館」。
ちょっとした立派なホテルのような佇まいです。
それにしても天気がいい日でした。

大司教館から見る浦上天主堂です。

旧浦上天主堂の被爆遺構の狛犬(? の足元にそっと置かれた、平和のメッセージが書かれた小石。

首のない石像は浦上の町を見下ろす。

最近天主堂へ続くスロープが改修されましたが、
その際、地中に埋まっていた被爆当時のビンや、旧天主堂の一部が出土したようです。
天主堂再建時にそのまま埋められていた物だということですね。

大司教館から天主堂側へは、地下道から行くことも出来ます。
この地下道もかなり古いもののようですよ。

天主堂のすぐ横には原爆で倒壊した旧天主堂の鐘楼部分が、
被爆当時とほぼ同じ場所に転がったまま保存されています。

新天主堂と被爆鐘楼の位置関係は写真の通り。
また、鐘楼の説明が書かれた案内板の土台の一部にも被爆煉瓦が使われています。

昨日の記事で、旧天主堂の遺構が取り壊されたのは信者の強い希望で、
同じ地に教会が再建された、と書きましたが、
市は保存の方向で動いていたにもかかわらず、
当時の長崎市長、田川市がアメリカへ訪問した後に意見をひるがえし
「天主堂遺構は原爆の惨状を後世に伝えるに値しない」とし、解体されたという事実があります。
長崎はアメリカ、ミネソタ州セントポール市と初めての姉妹都市提携を結ぶ事になり、
その際にアメリカは長崎市長にある秘密の約束をさせた、などという噂もあります。

キリスト教信者が多く住む長崎の象徴とも言える浦上天主堂に原爆を投下した、
という事実をアメリカ国内に知られないように情報統制したとも言われ、
遺構を解体するよう、なんらかの圧力がかかったのではないかと言われています。

原爆を造り、投下し、記録映像を撮ったハロルド・アグニュー博士は、
「原爆は悪くない。銃で死ぬも爆弾で死ぬも原爆で死ぬも同じこと」
「むしろ1発の原爆で戦争を終わらせた、日本にとってはよかった」
「日本は真珠湾攻撃をしかけた。原爆投下を謝罪する必要はない」
と語っています。

解体しなければ、原爆の恐怖を後世に伝える遺構として、
間違いなく世界遺産であったはずの浦上天主堂は、
アメリカの「情報統制」による事実の隠蔽によりその姿を消してしまった。
いかに真珠湾の報復にしろ原爆はやりすぎだ、と自分は思います。
もちろん戦争においてアメリカが悪い、日本が悪いと決め付けることは出来ませんが、
日本が真珠湾を攻撃したから悪いと、原爆を正当化するような意見がいまだにあるという事実は、
被爆地に住む自分にはとても残念というほかありませんね。

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2件のコメント 追加

  1. YOSUKE より:

    sebi_2569>Thank you very much;)

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