神ノ島:四郎ヶ島台場跡(1 [江戸末期の戦争遺跡]

長崎市神ノ島の沖合いに浮かぶ島、四郎ヶ島には、
江戸末期に佐賀藩により建造された砲台跡があります。
画像は当時の台場絵図。

長崎なのになんで佐賀藩?という疑問があるかと思いますが、
当時神ノ島と四郎ヶ島は佐賀藩の領土だったためですね。

侵入する外国船からの防備のため、この場所に台場が設けられたようです。
完成は1852年。
しかしながら四郎ヶ島と神ノ島の間の潮流は速く、海上路の建設は困難を極めたそうです。

そんな四郎ヶ島へと続く海上路がこれです。
石垣の横にさらに古い同じような大きさの石がゴロゴロしていますので、
もともとの石垣はそちらだったように思われます。

海上路は約230㍍、その上をテクテク歩いて渡ります。
正面に見えるこんもりした林が砲台跡付近ですね。

四郎ヶ島から海上路を臨むと、こちら側には古い海上路の石垣部分が残っていました。
そうとう大掛かりな工事であったことが覗えます。

次回は四郎ヶ島の探索篇へと続きます。

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